
アントワーヌ・ブールデルの彫刻を前にすると、多くの人は一つの疑問を抱く。同じ彫刻家の作品とは思えないほど、作品ごとに性格が異なるからである。雄弁で英雄的な公共記念碑がある一方で、沈黙し、内側へ閉じたような像もある。この差異は迷いや揺れではない。ブールデルは、彫刻が鑑賞者と結ぶ関係のあり方を、作品ごとに意識的に選び取った作家である。
そのことを最も分かりやすく示すのが、アルヴェアル将軍記念碑と《ペネロペ》という、性格のまったく異なる二つの作品である。

1.アルヴェアル将軍記念碑―価値を提示する彫刻
アルヴェアル将軍記念碑は、国家的英雄を顕彰する公共彫刻である。そこでは、将軍の行動力と人格が、「力」「勝利」「自由」「雄弁」といった理念として明確に示されている。像は高く掲げられ、都市空間の中で前方へ向かって立ち上がる。その姿は、鑑賞者に問いを投げかけるというよりも、価値を提示する。
ここでいう「価値を提示する」とは、像の側が意味と評価をあらかじめ与えている、ということである。鑑賞者は像と対座し、その意味を読み取り、理解し、評価する。この関係は、公共記念碑という性格上、不可欠であり、また社会的に要請されている。ブールデルはその点を十分に理解したうえで、この作品では意図的に「対座・価値付与」のポジションを選んでいる。
2.ペネロペ―価値を保留する彫刻
これに対し、「ペネロペ」はまったく異なる姿勢を取る作品である。ギリシャ神話を主題としているが、像は物語の一場面を説明しない。悲嘆に暮れる様子も、決然とした意志も、造形としては明示されない。身体は閉じ、動きは止まり、ただ静かにその場に在り続けている。
鑑賞者が神話を知っていれば、「夫を待ち続ける妻」という意味を思い浮かべることはできる。しかし重要なのは、その物語を像自身が語っていないという点である。ブールデルは、感情や物語を彫刻の中で完結させることをあえて避け、鑑賞者に即時の判断を求めない。
このような彫刻において、鑑賞者は像と対峙して評価するのではなく、像と同座する。同座とは、意味をすぐに確定させず、同じ空間と時間を共有する関係である。「ペネロペ」が示しているのは、「待つ」という行為ではなく、「待ち続けている状態」であり、その状態を鑑賞者もまた引き受けることになる。
3.ロダンとの比較――「語る彫刻」と「語らない彫刻」
ここで、もしこの主題をオーギュスト・ロダンが扱ったらどうなっただろうか、と想像すると理解が深まる。ロダンであれば、おそらく悲嘆の感情を前面に出すか、あるいは決然とした意志を身体全体で表現しただろう。ロダンの彫刻は、感情や心理の局面を身体に刻み込み、像そのものが物語を語る。
ブールデルは、その表現ができなかったから避けたのではない。若い頃、「アダム」において感情を十分に語り切れなかった自覚があったからこそ、ロダン工房に入り、その方法を徹底して学んだ。そのうえで、「ペネロペ」ではあえて語らない彫刻を選び取っている。
4.ギリシャ彫刻への回帰―状態の彫刻
「ペネロペ」を理解するうえで、ギリシャ彫刻の影響は不可欠である。古典期ギリシャ彫刻は、劇的な感情や一瞬の行為を強調するのではなく、均衡の取れた姿勢と持続する緊張を重視した。感情は排除されたのではなく、身体の秩序の中に沈殿している。
ブールデルは、ロダン的心理表現から離れるために、このギリシャ的原理へと立ち返った。「ペネロペ」の静けさは、感情の欠如ではなく、感情を語らない構造を選び取った結果なのである。
5.なぜ巨大でなければならなかったのか―建築的構造と思考
ブールデルの代表作には、巨大なサイズのものが多い。これは偶然ではない。彼の彫刻は、感情や細部によって成立するのではなく、全体の構造によって成立する。この点で、彼の造形思考はきわめて建築的である。
建築が、装飾がなくとも柱・壁・梁の関係によって成立するように、ブールデルの彫刻も、量塊と平面の配置によって自立する。小像ではこの構造は十分に可視化されない。巨大なスケールは、誇張のためではなく、構造を成立させるための条件だった。
6.ベートーヴェンとの関係―交響楽的構築
ブールデルが繰り返し制作したルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン像は、この構造思考を象徴している。彼が惹かれたのは、感情表現としての音楽ではなく、主題が提示され、反復と変奏を経て全体が組み上がる交響楽の構造だった。
彫刻においても、頭部・胴体・四肢は感情の断片ではなく、構造的主題として配置される。鑑賞者が像の周囲を移動することは、音楽を時間の中で聴くことに似ている。ここでも、巨大なスケールは構築を成立させるための前提であった。

ブルーデル 風の中のベートーヴェン
7.彫刻マトリックス――鑑賞姿勢を整理する地図
以上の関係を整理するために提示したのが、「彫刻マトリックス」である。これは作家を分類するための図ではない。彫刻と鑑賞者の関係を整理するための思考の地図である。
縦軸は、「対座」と「同座」。対座は、意味を読み取り、評価する関係。同座は、意味を即時に確定せず、時間を共有する関係である。
横軸は、「価値を与える」と「価値を保留する」。価値を与えるとは、像が理念や物語を提示すること。価値を保留するとは、意味を閉じず、生成を鑑賞者に委ねることである。
このマトリックス上で見ると、アルヴェアル将軍記念碑は「対座 × 価値付与」に、「ペネロペ」は「同座 × 価値保留」に位置づけられる。ブールデルは、作品の目的・依頼・思想に応じて、このポジションを使い分けた。

8.現代彫刻への橋渡し
この考え方は、現代彫刻を理解するための手がかりにもなる。たとえばアルベルト・ジャコメッティの「歩く男」は、「対座(逃げられない問いの前に立たされること) × 価値保留」に位置するが、そこでは存在の重さではなく、存在の希薄さや不在が共有される。ブールデルは、その地点へ至るための重要な通過点である。
結論――ブールデル彫刻の意味
ブールデルの彫刻は、一つの価値観に統一されていない。むしろ、彫刻が鑑賞者とどのような関係を結ぶのかを、作品ごとに問い直している。
その姿勢こそが、彼を近代彫刻の完成者ではなく、現代彫刻への構造的起点と位置づける理由である。
彫刻マトリックスは、その複数性を可視化するための道具であり、正解を示すものではない。見る側が自分の姿勢を自覚するための地図である。この地図を手に彫刻の前に立つとき、私たちは「何を意味しているか」だけでなく、「どのように存在しているか」を、具体的に感じ取ることができるだろう。
2026年1月6日